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2011年01月05日 (水) | Edit |

年初の箱根駅伝は全国的なイベントに成長してしまった。うみ太郎はこれを
日本のガラパゴス化の象徴と見る。

出場選手たちはみな英雄である。しかし,10,000mのオリンピックB標準記録を
超える選手はほとんどいないのではないか。

日本のおまけに関東の大学だけの井の中の蛙(かわず)状態で,マスメディア
も悪乗りして,ガラパゴス化をあおっている。

オリンピックでは弱い若者も,ユニバーシアードでは活躍する。日本の大学は
何のために存在するのだろうか?

勉強もしています,と言うかもしれないが母親につつかれながら机に向かった
「お勉強」とは,大学生の仕事は全く違うのではないだろうか?

誰がUniversityを大学と訳したんだ。the universeとは宇宙のことであり,
総合的に学部がそろってれば大学と言える,などと馬鹿なことを言ってて良い
のか?どんなことでも現状の知識・技術(state of art)は大学に行けば分か
るように,あらゆる分野の研究を学生や教員が日々行っているからUniversity
なのではないのか。

だから小学校と大学では次元が違うのであり小便とか大便とかの話とは訳が
違うのである。Universityをお気楽に大学などと翻訳するから,短大などと言
うまるで子供野球の三角ベースのように4年をショートカットして3年で終了し
て何が悪いのか,と言うことになってしまう。

安倍・福田・麻生・鳩山と短命内閣が続いた。政治家たちは大学で勉強をして
きたのだろうか?政策論争よりも,どうやって選挙に当選するかだけを議論す
る集団で育った政治家たちの何人かが,ある日突然大臣や首相になっても何も
出来ないのは当然である。

菅内閣が総辞職しても次もまた同じだろう。小手先の仕組みや組織を変えても
どうにもならないと思う。大学生がしっかり勉強し政治や経済を研究して社会
をリードして,徐々に世の中を地固めしていくしか方法はないのではないか。

うみ太郎の時代は学生時代に勉強しなくても,社会が技術者を育ててくれた。
世界の企業が競争相手だから,世界一を目指すので人は育った。しかし,今は
「一番じゃなければダメなんですか?」の時代だから,人は育ちにくい。

今年こそ,理工学部も含めて全ての学部が原点に帰って学問を見直すいい機会
であり,根本から人を育てていかなければならない時代ではないか。

誰か世界とか日本の大学生の学力テストをやってくれないだろうか?
そうすれば,東大や京大を学力で上回るすごい私大が出現するかも知れない。
箱根駅伝は社会人に任せておけば良いではないか■


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テーマ:これでいいのか日本
ジャンル:政治・経済
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